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about  list  banner  紙の本を出したよ  /thanks:PSYCHO-PASS サイコパス
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監獄の外側にて



毎度書きそびれていた、18話感想の鍵の件。車じゃなくてバイクだっていう…。
19話で狡噛さんがバイクに乗った時に、車じゃないのか!って思ったんでした。

フィナーレイベントの内容をすこしだけ窺いました。媒体化すべき。

追記から最終回について。
ほんとうに素敵な作品をありがとうございました!

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【22話】

▼構成のこと
サイコパスは初めから、あの事件から二ヶ月後現在の監視官朱ちゃんの「過去の話」として描かれていたんだなあと感じました。
そして、メインとなるその「過去の話」の主人公が狡噛さん。
サイコパス全話中の冒頭と末尾では朱ちゃんが主人公っぽい感じがしたのも、そういう構成だったからかなと思いました。

新人の頃の、困惑と、葛藤と、懊悩と、恋心の記憶。
狡噛慎也という人がいたんです、どうしようもない馬鹿な人でした、ということについてのエピソードを覗かせてもらった感覚になりました。
回想設定となると、本編全体を通して「狡噛さんがすき!」って言ってるようなものなんじゃ…ほとんど触れられていない恋愛要素が間接的に表されているところには大変心をくすぐられます。「男同士の世界」にこれがあるのがたまらん。

この「過去の話」は、「狡噛さんが槙島を殺すまでの話」であって、
1、2話は世界の設定や世界観の説明の回だったので例外として、
3話は金原の、4・5話は御堂の、6・7・8話は王陵の、各事件にある槙島の影に勘付く回、
9、10、11話は槙島に近付いた回で、それ以降から最終回までは言わずもがな。

そもそもこの物語には「狡噛は槙島を殺す」という明確な真実だけがひとつ前提にあったんだなあ…、
というと、そりゃあ至極当然の話なんですけども。
19話や22話で出てくる「あいつを殺すのは自分だけ」「自分を殺すのは彼だけ」とシンクロする台詞を聞いてしまうと、
なにやらとてもトリッキーなプロットに楽しまされていたなあと思うのです…。
1話プロローグを見たときも、この対峙シーンがクライマックスなんだろうとついつい思わされましたし…巧妙であります。
実際はこの16話の初対峙シーンが一事の始まりだったわけで。


「殺人をやめることが出来ない槙島を他の誰でもない自分が止めなければならない」という執念は、
宜野座の言う「誰かが引き受けなきゃいけない仕事」であって、朱ちゃんの求めてきた「自分だけの役割」であるのだと、狡噛さんは確信を持っていたんでしょう…
使命感、というと物凄く綺麗事のように聞こえますね。
やっぱり、「意地」というのがしっくりきます。うまい言い回しですよね、「男の意地」。
それが、弥生ちゃん曰く時代遅れで、志恩さん曰くロマンチスト。

そして宜野座も朱ちゃんも、自分の役割というのを理解し、こなそうとしている二ヶ月後ラストでした。
俺達にも責任の一旦はあると言った宜野座さん。
新しい道を作り出してみせると言った朱ちゃん。


続編あったら、狡噛さんは、影で一係の捜査の手助けとかしてほしいです…一係がピンチの時にふらっと現れて、でもまたどこかに消えちゃって。
霜月ちゃん(桜霜の賢い女子生徒じゃないですか…おお…)に執行されるとかはやめてあげて…野生に戻った狼は保護対象でお願いします。
狡朱のように霜月ちゃんは宜野座に引っ付いてまわ…らない気がする…彼女は弥生ちゃんに懐く。めくるめくゆりのせかい。

そしてEDの不意打ち譲二。狡噛さんを捕らえろって言われてんのかな…。
狡噛さん、煙草、まだ吸ってるんですね。





▼シビュラなんてどうでもいい槙島について
野望みたいなのは結局持っていなかった…「社会を変えたい」という気持ちは窺えない、ですよね。
「人を生き返らせたい」はあったのかもしれないけど、大規模な考えではなくて、実はほんの自分のことでうんうん考え切ってしまっていた感じ。
幸せになりたい槙島。


彼の「どんな才能もスペアが見つかる。どんな関係でも取り替えが利く。」という台詞は、
新しく監視官が仲間入りして、宜野座の代わりは朱ちゃんが務めて、縢くんや征陸さんがいなくなってもまた次の執行官が選ばれて、という現一係をうまく言い表したなあと…思いました。せつない。
持ち前の能力のみで振り分けられる社会システム…監獄…それに頼る日本国民…。
といっても、いなくなったら代わりを、というのは、なにもシビュラシステムのみが及ぼす事態ではないので、
シビュラ世代がどうのこうのはあんまり関係なくて、どんな次元を生きていようと槙島は、
たったひとりの自分にとって唯一の存在である狡噛さんを見つけて、知って、関わり合うことをなによりも望んでいたのでしょう。

そしてそれが叶ったのだから、彼は彼の基準で人生を楽しんだ人で、しあわせだったんじゃないのかと。
彼の基準でね…世界に飽きていたとか言って散々人を引っ掻き回しておいて終いには狡噛さんに殺されて本望みたいな。人生を謳歌したよなあいつめ!笑
「代わりはいない」と思って貰えて、満足げに笑っていたし。
死に際が笑顔というのはいいです。ストーリー上、意味のある死でもあって、その人自身の救いにもなりますね…。
縢くんも、征陸さんも、笑顔で死んでいったのでした。
21話で一係が親子二人と女子二人に分かれた時は、あー…だから縢くん死ななきゃいかんかったのだわーと思いましたよね…うう。


そういえば『ライ麦畑でつかまえて』のオマージュではという話を窺いました。
ウィキによると、作品の主題は<自分は、広いライ麦畑で遊んでいる子どもたちが、気付かずに崖っぷちから落ちそうになったときに捕まえてあげるような、そんな人間になりたい>とのことでしたが、
「主人公が望んでいる在り方」は狡噛さん的で、「疎外感を感じている主人公」は19話で狡噛さんが推測していた槙島像っぽいなあと思いました。
あらゆる意味で狡噛さんに恋をしていた槙島。

槙狡に共通しているという「孤独」のことなんですが、
縢くんが「ダチ」と言ったこと、これまで亡霊だと言われてきた「マキシマ」の存在を朱ちゃんが信じてくれたこと、朱ちゃんの元で働けて幸いだったと感じていたことを考えると、一係にいた狡噛さんが孤独だったなんて思えないですよね。
「自分の正義がこの社会では通用しない」から一係という居場所を捨ててシビュラの檻の外に出た狡噛さんは、孤独というか、正義のために孤独を選んだ人、ですか。
槙島と狡噛は生い立ちが似ているわけでもないだろうし、選択したものが、選択方法が、つまりはものの考え方が似ているのかな。
確かに、似ているということの最たる基準は考え方とか価値観かも。
狡噛さんは、人を守れない法を何故守るのかという疑問を抱いていましたが、そのあたりは槙島の考え方と似通ってるなあと漠然と感じました。
けれど、何が似ているだとかそういう理論理屈は抜きにして、「運命」ありきでそれを辿っただけなんだろうと思ったほうが、真実に近いと思います。運命。運命。





▼夜が来た描写
麦畑の演出、とても好きでした。あの曲、よかった…。なんだか古い映画のようですね。
17話の通話シーンでも滲み出ていた、槙狡が醸し出してしまう、不可思議な穏やかさがありました。
檻の外の二人。檻の外で二人きり。
ドミネーターから拳銃に持ち替えたことも、「二人きり」の構図を完璧にしたなと思います。
第三者の介入を徹底的に排除した穏やかな舞台でした。

夜がやって来ると共に、狡噛さんが追いついたのを見たときは絶句しました。
日が暮れていくのは、人生の黄昏時とも言うように、死の予兆でもあって、
するすると夜が更けていくにつれ息も途切れ途切れになっていく、「正午=白=潔白」の象徴であった槙島かしらと。なんて文学的なんだろう。
槙島の十字とか、またも「神」を連想させてきます。
そこに夜が来て、白い身体は影で暗くなって、生涯を終えた…なんという演出…感動した…

しかし槙島の表情がほんっとイイな…!!!この…美人さんめ…!ダンダン!
そして終始静かな静かな表情の狡噛さんですよ…ほんと綺麗だった…
遠くで一人立ち竦む朱ちゃんの表情もちょうかわいかった…思わずかわいいって口にしてしまった…あどけない顔ひさしぶりだった…無力さを痛感したのでしょうね…ひとりの女の子には、運命というものを裁ち切ることも押し曲げることも出来なかったんだなあ。
いつか、夜が明ける描写があれば、朱ちゃんとのハッピーエンドフラグなんだって信じてます。
槙狡の存在が運命だったように、狡朱の巡り合わせも因縁のあるものだと思います。

槙島の殺人犯罪ループを絶つために私刑を実行した狡噛さんはそれを背負って生きていくんですか…
そこが私刑じゃなかったら救われただろうに(現実的な意味で)
殺すことに拘った部分に、うまく言葉にできないけれど、「潜在犯」だとかに関わる原因があるんだろうなあと思います。
ともかく、「狡噛さんはもう人を殺さない」に震える手でまず一票…。
私刑は槙島だけに行ったものでこそ、意味があるのだと思います。代替のない唯一の存在としての。

狡噛さん疲れただろうなあ。せめて悪夢からは解放してあげてください。





▼狡噛さんのこと
28年間生きてきた中での、槙島と関わりが始まった頃からの、一年にも満たない、狡噛慎也という人の時間が描かれているのかと改めて考えると、果敢ないなあという心持ちになります。
その一方で、
この短い時間の中で、彼はたくさんの決断をして、悪夢を見て、自分を叱咤して、人を裁いて、人を救って、人を殺して、大切な子に出会って、
そして、自分のやったことの対価か、これから先、独りきりでまた生き続けていくのだと思うと、なんて果てしないんだろうとも思えます。

事実、槙島がいなくなったことで、救われた人はたくさんいるでしょうね。
けれど、そこに「人を助けたい」というキレイな思いを全面に出さないところが、分かってもらおうと正当性を押し出そうとしないところが、狡噛さんの魅力的なところで、
監督のおっしゃった「何も言わない優しさ」とも通じるものがあるのだと思います。
朱ちゃんの身を案じて、「俺達の問題なんだ」という言葉ひとつで押し退けた狡噛さんは、そうですね、ロマンチストですね。

動機を持つ者へ手段を与える立場である槙島に、明確な殺意を持ったからこそ、自分が「裁く(殺す)べき」だと狡噛さんは思ったのだろうと。
殺意のない朱ちゃんの手を汚す必要はないし、殺意を抱く者が自分以外にいないのなら、槙島を殺すことは他の誰でもない自分にしか出来ないことで、さらに身を挺することへ抗う理由もないんですね。
1期OPのラストでドミネーターを構える朱ちゃんの前に、遮るように降り立つ狡噛さんを思い出します。
撃たせるようなことはさせないって、7話でも言っていた、ような。

それって無自覚だとしても窮極の博愛かもしれない。汚れ役を汚れ役だと思っていない。意地だと言う。
こんな狡噛さんに潜在犯判定を下しちゃうだなんてシビュラもまだまだですよ。ええ。

瓦解することは叶わなかったとしても、
一瞬だけでも「槙島を殺すことに抗わない心」を揺るがすことが、朱ちゃんには出来たのだと信じたいです。





▼狡噛さんと朱ちゃんのこと
狡噛さんと並んで走ったの、とても素敵なシーンでした。
狡噛さんの隣に追いついた朱ちゃんでした。
そしてトラックに掴まって、先に行った朱ちゃん。
振り落とされた朱ちゃんを大事に抱える狡噛さん。
狡噛さんにすぐに追いつかれちゃった朱ちゃん。
そしてまた朱ちゃんを追い越していった狡噛さん。
槙島の元へ行った狡噛さん。
そこから、行方をくらました狡噛さん。

刑事を教えてくれた狡噛さんとの最後のバディ。
お互いの内側で激しく相手のことを思っていた狡朱でした…
もう深く根付いてるだろう愛情(または恋)を、決して外側に出そうとしない二人だけど、
狡噛さんが咄嗟に叫んだ「朱ッ!」に、溢れ出すすべてが篭ってしまったように思えます。
槙島ばかりを見詰めている、それとは別の場所にある思いを充分に自覚している狡噛さんは、朱ちゃんの名前を叫んだ時に、やっぱり、また、自覚しちゃったんじゃないかなあ。
一緒にいれないことを理解していて、それでもギリギリまで近付いておいて、でもやっぱり寄り添わなくて、はじめから、叶えようとも思っていなかった恋だったんですか…どうなんだ狡噛…

(「あかね」)(あれは…ご褒美だとしか…不意にそういうの入れて来るんだからもうじたばた)(しかも関さんの声がものすごくいい)(そしてトラックにしがみつく朱ちゃんが超美人)





▼関係
「朱」って叫んだのを聞いて、一回くらいは関係を持ったんじゃないのかなあと本気で思います。
18話で約束を水に書いたあとあたりが有力では。(真顔)
13話と14話の間というのもありだけど…18話での方がより切ないです。いっそ二回か(逸れてる逸れてる)

結果として離れ離れになっちゃう方が、そういう憶測はリアルになるというか、
例えば、狡朱が何らかの形で今後も傍に居る結末を迎えていたら、一度は肉体関係があっただろうとか思わないんだけど、
「宜野座が父も腕も社会的地位も失ったのだからもう失わないだろう」というのと似た感覚で、
狡朱は、物理的に離れ離れになった上に心も結ばれなかったのだから、以前に繋がることがあっただろう、と想像しやすい…のは根拠もない個人的な感覚なんですけど。
想像でしか補えない部分について、確信に近い形で流れ込んで来ることが多いアニメだなあと思います。まあ、妄想なんですけど。

なにもかもが「何も言わない狡噛の優しさ」であっても、
朱ちゃん自身にとっては、ほんと、「ばか…っ」という思いでしょうね。

朱ちゃんが今後も監視官として生活していく中で、狡噛さんのことを思い出さない日はないでしょう…朱ちゃんを刑事としても女性としても育てた狡噛さんですよあああ…
それを傍で見ている宜野座執行官でしょう…





▼宜野座のこと
宜野座といえば21話後どうなったかは全く描かれませんでしたが、とにもかくにも二ヶ月後には超好みの男性になっていらっしゃいました。
サイコパスにはいなかった穏やか紳士キャラ(強いて言えば征陸さんか)!もともとこういうキャラが!好き!!というのもありますが、
宜野座に関しては本編やラジオを通してその成長をまざまざと見せられてきたのでね…
行き着く先でああいう人格になったとなると、好みの話を抜きにしても非常に感慨深いものがありますね。

写真の中には幼い頃の、ラジオでは高校生の頃や新人の頃の、12話では13年前の、全体を通してでは監視官の、ラストでは執行官の。
振り返ってみると、狡噛さん以上に、生い立ちや家族、友人、仲間のこと、仕事のことがつぶさに描かれています。
シビュラ社会の中の「常識人」だった宜野座の、彼なりの成長にはきっとみんなが拍手を贈りたくなったと思う。
よくぞいい男になってくれた…。
もともと主治医との遣り取りで穏やかな人柄を垣間見せていた彼のことです、征陸さんのような年の取り方をするはずです。


そして狡噛さんのあかね呼びに続き宜野座のあなた呼びよ…オイおまえら…!!!
朱ちゃんがイイ女になったことを裏付けるかのように…おまえら!!!
「君」から「あなた」になった瞬間に立ち会いたいです。
さらっと口にした「あなた」という言葉に対して朱ちゃんは一度拒否を示したと思います。
それに宜野座はゆるく笑うだけで「あなた」と呼び続けるぎのあかァァ(すみません)
狡噛さんの「あんた」呼びを思うと、宜野座との正反対っぷりが際立ちますね…よきかなよきかな…。


最後の最後では狡朱が結ばれたらいいのにな…
狡噛さんが帰って来れるように長い時間を掛けてシステムを改善していく朱ちゃん…健気…それを傍で支える宜野座…健気…
狡噛さんの犯罪係数どうなってるんだろう。デコンポーザー発動しちゃうような数値を叩き出しちゃったら執行官になれないんです…?
執行官同士の狡噛と宜野座の遣り取りが見たいです。また相棒になれるじゃないの!興奮


ああそれにしても微笑みのぎの。ぎのの微笑み。
父親とのこともですが、犯罪係数を気に掛けなくてよくなった分、荷がおりたというのもあるんでしょうね。
のじけんは嬉しかったろうなあ。あんなに宜野座に愛を注いでいたものね。
征陸さんが生きていたら、執行官になった穏やか伸元とどんな関係を築けただろう。
ああ、でも、征陸さんの死を以て、あの宜野座が在るのですね。
因果だなあ。すべてが。
自然と口を衝いて出た「過去よりも未来に目を向けよう」という台詞は、宜野座が言うから重みがありました。
総じていうなら正義のようなもの、なにもかもに絡んでくる連鎖していくそれについて、気が遠くなる思いであっても、限りのある時間を人はただ生きていくんだなあと思った次第です。

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